訂正

前稿「人類は試し書きで回る(店主を除く)」脚注2において、平均三・五周の渦の総回転角を千六百二十度と記したが、正しくは千二百六十度である。筆者は人類に三百六十度ぶん余計な回転を負わせたことになる。関係各位および人類にお詫びする。

第一章 緒言

天気予報は毎日、「所」に雨を降らせている。

「くもり 所により 雨」。この一文で雨を受け持たされた土地について、地名を尋ねた者はいない。しかも気象庁の予報用語によれば、所の合計面積は予報区全体の五十パーセント未満と定められている1。面積に規定のある土地が地図に載っていない。これを放置してきたことは、地理学の怠慢と言うほかない。

筆者は次の説を立てた。

所実在説 所は実在し、そこには人が住んでいる。

住民を所民(しょみん)と呼ぶ。所民はおそらく自覚がない。自覚がないまま、傘を差している。

第二章 踏査

十一月三日十七時、筆者の予報区に「くもり 所により 雨」が発表された。

十七時四十分、傘、巻尺、チョークを携えて出発。定義上、所は散在している。したがって歩けば当たる。

十八時五分、何も降らない。公民館の前を通過。ここは所の外である。空はくもっているだけで、所の気配はない。この種の地帯を暫定的に非所と呼ぶ。

十八時五十分、額に一滴。ただちに路面へチョークで丸を描き、第一所と命名した2。見上げると電線に鳩がいた。標本の純度に疑義が生じたが、舐めて確かめる勇気がなかったので雨と認定する。

チョークの丸

十九時十分、雨が本格化する。第一所の範囲を巻尺で測ろうとしたが、周囲一帯が濡れており、巻尺は二メートルしかない。コンビニから出てきた男性が、空を見て傘を開いた。所民の初の目視例である。声はかけられなかった。

十九時四十分、岡持文具店の前に出る。店主がシャッターを半分下ろしていた。

「ここは所ですか」

「岡持文具店です」

地権者の証言として記録する。ついでに渦を一つ書いてもらえないかと頼むと、閉店ですと言われた。これで三度目である。

二十時五分、文具店の軒先で雨をよけながら、用語集を読み返す。出発前は説明の欄しか読んでいなかった。隣の備考欄に、次の一文があった。

予報に対して用い、実況に対しては「ところどころ」を用いる。

筆者の頭上で、雨は現に降っている。これは実況である。

ここは所ではない。ところどころである。

第一所は、発見された時点で改名されていた。

第三章 定理

三十分ほど軒先に立っていた。店主が中から一度こちらを見て、電気を消した。

この改名現象を実況改称と名づける。予報の中にしか存在せず、降った瞬間に別の名前になる土地。ここから次の定理が導かれる。

所不到達定理 人は所に立てない。降れば改名され、降らなければ所ではなかったことになる。

二十時三十五分、救済に取りかかる。降り出す直前の地点に立てばよい。そこはまだ実況ではなく、かつ数秒後に降るのだから、所の資格を備えている。雨雲の縁を先回りするのである。

筆者は南へ走った。乾いた路面まで走り、立って待つ。降ってきたと思った時には、もう降っている。降っているので所ではない。再び南へ走る。四回目で息が上がり、自販機に手をついた。五回目は歩いた。

二十一時十五分、雨が止んだ。

予報区の全域が、所でもところどころでもなくなった。第一所に戻ると、チョークの丸は流れて消えており、どこだったのかもわからなかった。巻尺の先が曲がっていた。理由は不明である。

雨雲へ走る図

第四章 全国調査

立てないなら数えるしかない。予報の段階にある所ならば、まだ改名されていない。

二十三時二十分、帰宅して濡れた靴下のまま、気象庁の府県天気予報を全国分、一区ずつ開いた。翌十一月四日の天気予報文を対象に「所により」の有無を調べる。

全百四十二区のうち、所を有する区は四十九。その産物を次のように分類した。

型名称所で起きること区数
I雨所雨28
II雷所雷。伴う、激しく降るを含む16
III混濁所雪か雨3
IV複合所雨で、かつ雷(小笠原諸島)1
V霧所霧(球磨地方)1
非所所により、と書かれていない93

所率三十四・五パーセント。最大の産地は北海道で、十六区のうち十三区が所である。一方、所を一区も持たない無所県は二十四あり、宮崎県も大分県も福岡県も、全区そろって翌日の所を持たない。

なお、この集計を始めた時点で京都府の予報だけが二十三時に更新されていた。南部北部とも所ありである。所はこの時間にも行政手続きを進めている。

所の総面積の上限も算出した3。

第五章 査読

原稿を鍋島に送った。翌朝の所見は三行であった。

所は用語であって土地ではない。 自分で定理を立てて自分で着けなくなっている。 前稿の脚注2には最初から千二百六十度と印字されている。何を訂正したのか。

判定は不採録。通算三度目である。筆者は「印字の側に誤りがあった」と返信した。

結語

調査予報区 142 所を有する区 49 無所県 24 筆者が所に立った回数 0 第一所の現存 なし

なお、同じ予報文の十一月五日分には、全百四十二区を通じて「所により」が一語もない。

十一月五日、所は国土から消える。所民の行方について、気象庁の用語集に記載はない。

Footnotes

  1. 気象庁の予報用語による。「その発現域の合計面積が、対象予報区全体の50%未満である」。なお、一滴でも所と認める立場を一滴派と呼ぶ。現在、筆者のほかに所属者はいない。 ↩

  2. 命名権は発見者に帰属すると解される。第二所以降は発見されていない。 ↩

  3. 一区あたりの所は五割未満であるから、四十九区を合算した上限は二十四・五区ぶんとなる。全百四十二区に対して一七・三パーセント、すなわち十一月四日の国土のおよそ六分の一が所である。予報区の面積はすべて等しいものとして扱った。本稿で最も確かな数値である。 ↩